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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)775号 判決

主文

原判決を破棄し本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人弁護士小玉治行、同丹波景政の上告理由第一点、同三原道也の上告理由第三点、同本郷雅広の上告理由第二点(2)ないし(5)、同白川慎一の上告理由第三点及び同伊勢勝蔵、同堀田勝二の上告理由第二点について、

原審は、本件賃貸借契約に存する「雨漏等の修繕は賃貸人においてこれをなすも、営業上必要なる修繕は賃借人においてこれをなすものとする」との条項は、単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので、賃借人たる被上告人中村にその営業上必要な修繕の義務を負わしめた趣旨のものではないと判断し、もつて中村が右約旨に基づく修繕義務を怠つたことを理由とする上告人の解除の主張を排斥した。しかしながら、原判決が右判断の理由として判示したところは、(1)賃借人の営業上必要な修繕を賃借人の賃貸借契約上の義務として負担させることはそれ自体道理に合わないこと、及び(2)本件賃貸借については賃料以外に減価消却金をも支払う旨の条項があるので、その上更に前記修繕義務までも賃借人に負担させることは通常人間の取引では考えられないこと、の二点につきるものである。けれども、本件賃貸借の目的たる建物二棟がともに映画館用建物で、これに備付の長椅子その他の設備一切をも貸借の目的としたものであることは、原判決の確定するところであつて、これら賃貸借の目的物がその使用に伴い破損等を生じた場合、これに適切な修繕を加えて能う限り原状の維持と耐用年数の延長とをはかることはもとより賃貸人の利益とするところであるから、たとい右修繕が同時に賃借人の営業にとり必要な範囲に属するものであつても、その範囲においてこれを貸借人の賃貸人に対する義務として約さしめることは、何ら道理に合わないこととなすべきではない。また、いわゆる減価消却金とはいかなる趣旨のものかにつき原判決は何ら説示するところがないので、賃料の外右減価消却金をも支払う旨の条項があるからといつて、なぜ修繕義務を賃借人に負担させることが通常人間の取引においては考えられないのか、その理由を首肯せしめるに足らない。要するに原判決は、理由をつくさずして上告人の解除の主張を排斥した違法あるに帰するものであつて、この点においてすでに破棄を免れない。

上告代理人弁護士小玉治行、同丹波景政の上告理由第三点、同三原道也の上告理由第六点、同本郷雅広の上告理由第五点、同白川慎一の上告理由第四点及び同伊勢勝蔵、同堀田勝二の上告理由第六点について。

上告人は、昭和二四年五月三一日に期間が満了するはずであつた本件賃貸借の更新拒絶の事由として、上告人が自ら本件建物により映画館を経営して収入をはからなければならない生活上の必要があること、及び被上告人中村の経営方法が利益追及にのみ急で観客の保健衛生等の観点から寒心にたえないので、上告人が自ら経営に当り快適な映画館施設を市民に提供したい念願であることをあわせ主張したことは、原判決事実摘示に明らかである。しかるに原判決は上告人主張の右事実の有無につき判断を示すことなく、ただ、上告人の本訴明渡請求は名を権利の行使にかりてその実不当に自己の利益をむさぼらんとする底意に出たものに外ならないと断じ、しかもその断ずるにつき一つも証拠を示すところがなく、かえつて上告人が一審判決の仮執行により本件建物の占有を回復し現にこれを使用している事実をあげて、上告人の前記不当な意図の証左であるとの甚しく正鵠を失した判示をなしたに止まる。すなわち、原判決は更新拒絶の正当事由の有無に関する上告人の重要な主張につき判断を遺脱し、証拠に基づかかずして事実を認定し、また理由不備の違法を犯せるものであつて、とうてい破棄を免れることはできない。

以上の次第であるから、その他の上告理由に対する判断を省略し、民訴四〇七条により主文のとおり判決する。

霜山裁判官の補足意見は次のとおりである。

(一)  本件映画館の賃貸借契約には「雨漏等の修繕は賃貸人においてこれをなすも、営業上必要なる修繕は賃借人においてこれをなすものとする」との条項があるのであるが原審は右条項は単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので、賃借人たる被上告人中村にその営業上必要な修繕の義務を負わしめた趣旨のものではないと判断しているのである。もとより賃貸人は原則として賃貸物の使用収益に必要な修繕義務を負うものであるが特約により賃貸人の修繕義務に制限を加え或は賃借人に修繕義務を負担させることもできるのである。そこで本件賃貸借における前示条項が単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたものか或は賃借人たる被上告人中村に営業に必要な修繕の義務を負わせたものと解すべきかが問題である。住宅の賃貸借で畳替は賃借人においてこれをするという特約はよく普通に行われているのであるがこれを賃貸人は畳替という修繕義務を負担しない、畳替は賃借人の方でやつてもらいたいという趣旨で賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないことは言を俟たないところである。そして右の場合でも特別の事情があれば特約で貸借人に畳替の義務を負わせることを妨げるものではないが契約の条項に賃借人に修繕義務を負わせる旨を明定した場合は格別単に畳替は賃借人においてこれをすると定めている場合には特別の事情のない限り賃借人に畳替の義務を負担せしめる趣旨でないとみるのが相当である。本件は映画館の賃貸借で住宅の賃貸借ではないが理は全く同一であつて、これを別異に解すべき理由はない。従つて本件賃貸借における前示条項は特別の事情のない限り単に賃貸人たる上告人の修繕義務の限界を定めたもので賃借人たる被上告人中村に営業に必要な修繕の義務を負わせた趣旨でないと解するのが相当である。そして右の特別事情のあつたことは本件弁論の全趣旨からこれを認めることができないのみならず、原判決が説明するように本件賃貸借については賃料以外に減価消却金支払についての条項があるのでこの点からも営業に必要な修繕義務を賃借人たる被上告人中村に負担せしめる特別事情のないことが窺知し得られるのであるから原判決の判断は結局正当である。なお仮りに被上告人中村に修繕義務がありとしても上告人は被上告人中村に対して修繕義務の履行を催告したことは主張しているが相当期間を定めて催告した旨の主張がないのであるから解除の前提たる催告を欠如し解除は効力がないのである。従つて原判決が上告人の解除の主張を排斥したことは結局正当である。以上の理由により私は右の点に関する多数意見に反対するものである。

(二)  借家法一条ノ二にいわゆる「正当ノ事由」の有無は賃貸人の事情だけでなく賃借人の事情をも考慮し双方が建物を使用する必要の程度等を比較考量して決しなければならないのである。しかるに原判決のこの点に関する判断は稍独断の嫌があり、当事者双方の事情、建物使用の必要の程度等が十分に比較検討されたことが判文上明らかにされていないのであるから理由不備の違法あり破棄を免れない。よつてこの点において多数意見を支持するものである。

藤田裁判官の補足意見は次のとおりである。

自分は上告代理人小玉治行、同丹波景政の上告理由第一点、同三原道也の上告理由第三点、同本郷雅広の上告理由第二点(2)ないし(5)、同白川慎一の上告理由第三点及び同伊勢勝蔵、同堀田勝二の上告理由第二点についての霜山裁判官の意見に賛成である。

〔但、相当期間を定めた催告がないとの点に関する霜山裁判官の意見を除く〕

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯-郎)

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